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私たちが見るのはいつでも横顔:台湾菓子に秘められた歴史と哲学

  • 執筆者の写真: Food-twins-japan
    Food-twins-japan
  • 2025年9月8日
  • 読了時間: 6分

更新日:2025年12月21日


旅の目的地としての台湾を語る際、美食は欠かせない要素です。しかし、私たちが探求するのは、単なるB級グルメや夜市のにぎわいではありません。それは、風土と歴史が織りなす芸術作品としての「スィーツ」です。台湾の菓子には受け継がれてきた文化、そして新しい時代を切り拓く職人たちの情熱が凝縮されています。この甘美な旅は、知的好奇心と感性を同時に満たす、豊かな時間へと誘います。



歴史のミルフィーユ:菓子に刻まれた台湾のアイデンティティ


台湾の菓子を紐解くことは、その歴史を味わうことに他なりません。そのルーツは、三つの時代が重なり合う、まるでミルフィーユのような層をなしています。


1. 清朝時代:漢民族がもたらした「縁起」の哲学

台湾の菓子文化の最も古い層は、清朝時代に中国大陸から渡来した漢民族が持ち込んだ「糕餅(ガオピン)」文化にあります 。この時代の菓子は、単なるデザートではなく、冠婚葬祭や宗教的な儀式に不可欠なものでした。菓子は「縁起」と「吉祥」を象徴する媒介であり、その形や名前に人々の願いが込められています。

例えば、結婚の際に配られる「喜餅(シービン)」は、新郎が新婦の両親への感謝を伝えるために贈るもので、婚約を公に宣言するという社会的機能も担っていました 。また、長寿を願う「壽桃(シュートウ)」や、富と幸運を象徴する「発糕(ファーガオ)」など、菓子は人生の節目を彩る特別な存在でした 。この時代から続く「分かち合い」の精神は、現代の個包装された高級菓子にも、贈答品として喜びを「シェア」するという形で受け継がれています 。   


2. 日本統治時代:和と洋の技術が拓いた新境地

1895年から50年間続いた日本統治時代は、台湾の菓子文化に革新をもたらしました。日本の製菓技術と美的感覚が導入され、和菓子や洋菓子が台湾に広まります 。当時、日本の職人が開いた和菓子店は、高価な菓子を扱う高級店でした 。1935年創業の老舗「明月堂」は、その時代の正統な和菓子技術を今に伝える貴重な存在です 。

この時代に日本が開催した品評会は、台湾の菓子職人たちが独自の菓子を考案するきっかけとなりました 。また、森永製菓がカカオ栽培を試みるなど 、日本企業の進出は、台湾の製菓産業に近代的な品質管理や経営の概念をもたらし、現代の高級菓子ブランドの基盤を築きました 。この「和洋中」が複雑に融合した土壌こそが、台湾菓子のユニークな創造性の源泉となっています 。  


3. フルーツ王国:風土が育む豊かな創造性

熱帯・亜熱帯の気候に恵まれた台湾は、まさに「フルーツ王国」 。豊富に採れる果物や作物が、台湾菓子の特徴を決定づけています。最も象徴的なのが「鳳梨酥(パイナップルケーキ)」です 。元々酸味が強かった台湾のパイナップルに、冬瓜を加えて餡の口当たりを滑らかにしたことが、この国民的菓子の誕生につながりました 。   

パイナップルの発音「鳳梨(オンライ)」が「いいことが来る」を意味する「旺来(オンライ)」と同じであることから、縁起物としても定着しました 。また、タロイモを使った「芋頭酥(ユートウスー)」 や、サツマイモと日本の和菓子を融合させた「花蓮薯」 など、台湾の菓子は、その土地ならではの恵みを最大限に活かした、唯一無二の存在感を放っています。   



現代の潮流:伝統を継承する革新者たち


現代の台湾では、伝統的な価値観を守りつつ、洗練された感性で新たな高級菓子を創造するブランドが台頭しています。


老舗の再構築:ブランド体験としての菓子

100年以上の歴史を持つ老舗「舊振南餅店(ジゥヂェンナンビンディエン)」は、伝統的な製法を守りながらも、高級ブティックのような店舗デザインやモダンなパッケージを導入し、ブランドイメージを刷新しました 。iFデザイン賞を受賞したその洗練されたデザインは、伝統菓子を現代アートの領域にまで高めています 。同社は2016年に「漢餅文化館」を開設し、手作業の重要性を伝えるなど、単に商品を売るだけでなく、文化を伝承する役割を担っています 。

一方、2009年創業の「微熱山丘(SunnyHills)」は、パイナップル100%の餡にこだわり、農家との共存をブランド哲学に掲げています 。建築家・隈研吾氏が設計した東京・表参道店の建物は、日本の伝統的な「地獄組み」を使い、自然との調和を表現しています 。彼らは、菓子を単なる食体験から、哲学や空間を含んだ総合的な「ブランド体験」へと昇華させているのです 。   


新進気鋭のパティシエ:グローバルな感性と台湾の融合

フランスや日本で技術を学んだ若いパティシエたちは、台湾の風土に根ざした素材を用いて、新たな高級菓子を生み出しています 。例えば、「Pâtisserie Francis」を主宰する張瓈文(Francis Chang)氏は、台湾のパイナップルケーキにフランス菓子の技法を取り入れ、さらにパイナップルの芯でお茶を開発するなど、創造性とサステナビリティを両立させています 。台湾のパティシエたちは、海外の技術をただ模倣するのではなく、「台湾らしさ」とは何かを問いながら、自らのアイデンティティを表現しようと模索しています 。   



日台の美的感性の交差点


日本統治時代から続く交流は、現代の菓子にも影響を与えています。日系ホテル「オークラプレステージ台北」の「The Nineベーカリー」のパイナップルケーキは、和の感性と台湾の素材が融合した代表例です。一つひとつ異なるデザインの個包装は、日本の「おもてなし」の精神が台湾の贈答文化に取り入れられた好例と言えるでしょう 。


味覚と美意識の比較文化論:日本との甘美な対話

台湾の菓子文化をより深く理解するために、日本のそれと比較してみましょう。


味覚:繊細な日本、大胆な台湾

日本の和菓子は、米や豆を主材料とし、素材本来の風味を活かした繊細な甘さが特徴です 。一方、台湾の菓子は、もちもちとした食感や、パイナップルケーキの濃厚な餡など、よりリッチで大胆な風味を好む傾向にあります 。この「もっちり感」は、もち米粉を多用する伝統的な食文化に由来し、食べ応えを重視する価値観を反映しています 。 

 

美意識:簡素な日本、豪華な台湾

贈答品のパッケージングにも、両国の文化的な美意識の差異が顕著に表れています。日本の贈り物は、簡素で洗練された美を重んじ、包み紙や水引といった細部にまで心を込めることで価値を高めます 。これに対し、台湾の高級菓子は、華やかなリボンや金色の装飾、ハンドバッグのような形状など、豪華絢爛なデザインが特徴です 。これは、贈り主の誠意や地位を視覚的に表現する文化に由来するもので、「縁起」を最大化するための重要な要素とされています 。また、贈答品としてタブーとされる品も異なります。台湾では、シナモンやニッキの独特な香りを苦手とする人が多いため、避けるべきとされています 。



旅は続く、甘い記憶を求めて


台湾の高級菓子は、単なるスイーツではなく、歴史、文化、哲学が凝縮された存在です。熱帯の風土がもたらす豊かな恵み、漢民族の伝統、そして日本統治時代に導入された革新的な技術。これらが複雑に絡み合い、台湾独自の甘い物語を紡いできました。

もし、次に台湾を訪れる機会があれば、夜市のにぎわいから一歩離れ、静かな通りに佇む老舗や新進気鋭のパティスリーを訪れてみてはいかがでしょうか。そこには、時間をかけて育まれた知的な喜びと、感性を刺激する甘美な体験があなたを待っています。一つのお菓子に込められた物語に耳を傾けることで、あなたの台湾の旅は、より深く、より豊かなものになるでしょう。

 
 
 

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